東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)89号 判決
本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
1 取消事由(一)について
(一) 原告は、審決のいう「信号変換装置」には、本件発明では車輪の回転速度に比例した周波数をもつ交流車輪速度信号の周波数成分を利用しているのに対し、引用例(成立について争いのない甲第五号証)では単に各車輪によつて駆動される交流又は直流発電機の発生する「可変電圧」の形の信号で与えられ、この可変電圧は、キヤパシタンス、インダクタンス、抵抗又は電圧の変化の結果として生ずるものであることが記載されているだけであつて、本件発明のような交流車輪速度信号の周波数の利用についてはなんら記載がない旨主張する。
しかしながら、一般に交流発電機の出力信号は、その電圧の大きさも周波数も発電機の回転数に比例するので、引用例におけるように出力電圧の大きさを検知しても、本件発明におけるように周波数を検知しても、これらと比例関係にある車輪の回転速度を弁別し得る点においては変りがないものと考えられる。
(二) 原告はまた、引用例では例えばもし交流発電機が使用されるならば「感知回路への供給部のための出力を整流し且つ滑らかにする必要がある、」と述べているが、これは交流発電機の電圧が速度に対して線形的に増加するという仮定に基づいているのであつて、そのようなことは、発電機が低速度の場合に極めてラフな意味でのみ当てはまり、速度が増加すると発電機の鉄心を通る磁束は飽和に近づき、それ以上の磁束の増加は不可能となるから、発生する電圧も磁束密度が飽和するにつれて頭打ちとなる旨主張し、また、交流発電機から発生するリプルを除去するためにはフイルタ回路を用いなければならないが、フイルタ回路を設けるとスキツド防止装置としての応答性が悪くなり、ブレーキされた車輪はほとんど停止するまでブレーキは緩められずにタイヤ及びブレーキの摩耗を生じ、且つブレーキ効率も極めて悪くなる旨主張する。
しかしながら、出力電圧により速度を検出する交流発電機において、速度が増加すると発電機の鉄心を通る磁束は飽和に近づくという点についての証拠はない。また交流発電機から発生するリプルを除去するためにフイルタ回路を設けるとスキツド防止装置としての応答性が悪くなる理由も理解することができない。因みに、現に本件発明においてもコンデンサC1、C3などによりパルス電圧を平滑化して直流電圧としているのである。
なお、成立について争いのない乙第一ないし第三号証第六号証によれば、回転速度を検出するのに、引用例におけるように直流又は交流の発電機を用いてその出力電圧を利用することも、本件発明におけるように出力信号の周波数を利用することも周知の技術事項であり、このような手段を車輪のブレーキ制御に用いることも普通に行なわれるものと認められるところ、原告は、乙第一号証の周知とされる範囲は単に回転数の測定を周波数で行なうことのみであるから、このパルス信号発生器をどのように用いるかはもはや周知技術ではなく、乙第二、第三号証は単に本件発明の出願日前の公報であるにすぎないから、そこに記載の技術が周知であつたと認めることはできない旨主張するが、しかし、乙第二号証の特許公報の公告期日(昭和三九年三月九日)及び乙第三号証の英国特許明細書の特許庁資料館受入期日(昭和四〇年四月一七日)からみて、右乙第二、第三号証に記載の技術は、本件特許出願前周知であつたものと認められる。
(三) 原告は、さらに、本件発明においては、車輪速度に比例した周波数の信号に基づいて、周波数弁別器はその車輪速度に比例した直流電位を常時維持して、他の最も速度の高い車輪の直流電位と比較して、別個の車輪の間の速度の差に比例した信号によりブレーキ装置を制御するものであり、乙第二、第三号証のものとは出力信号の利用目的及び制御信号の性質が異なるから、制御信号も異なり、また引用例の作動原理とも異なるため、乙第二、第三号証の技術を引用例のものに応用することは容易ではない旨主張する。
しかしながら、引用例も、審決が認定するように、『複数の車輪にそれぞれ設けられていて当該車輪の回転速度に比例した電気的交流信号を発生する車輪速度変換器と、この交流信号を車輪速度に比例した直流信号に変換する信号変換装置と、各信号変換装置の出力信号のうちの最高電位に比例した信号を貯える基準コンデンサを含む基準装置と、この基準コンデンサの電位と減速を生じた車輪の対応する信号変換装置の出力信号の電位との「差の電位」の制御信号によつて操作され』るものであることを認めることができ、一方本件発明はその特許請求の範囲において、車輪速度変換器あるいは周波数弁別器(信号変換装置)について、その具体的構成を特に規定しているわけではないから、本件発明は引用例に基づいて容易に発明できたものとすることはできないとはいえない。
2 取消事由(二)について
原告は、ブレーキ制御について引用例が開示しているのはスイツチ又はリレーによつて制御されるソレノイドバルブ(電磁弁)のみであり、このバルブは完全に開くか、又は完全に閉じるかのみであり、所定のスキツドにおいてブレーキを完全に開放するため、これを航空機に応用する場合には、車輪が接地してから停止するまでにブレーキの有効に作用している時間が少なくなるから、着陸のための滑走距離が長くなるが、本件発明においては、必要な程度だけブレーキを緩めるためブレーキが有効に作用している時間が長く、滑走距離は引用例のものより短かくなる旨主張する。
引用例のブレーキ制御装置において、制御信号の大きさに関係なくブレーキ力を一〇〇パーセント緩めるように作動する電磁弁を用いることが示されていることについては当事者間に争いがないが、引用例に開示されたものがこれに限られず、その記載からすれば、審決のいうように、スキツド状態に応じてブレーキ力を緩めるように作動する電磁弁とすることもできるものと認められるかどうかは必らずしも一義的に明らかであるとはいえない。しかし、引用例のクレーム5には、「特許請求の範囲第一項のブレーキ装置にして、前記の各電気作動弁はブレーキの流体圧力回路の一部の量を増加するように作動し得る装置の作動を制御するために配置され、それによつてブレーキ力が減少することを特徴とするブレーキ装置。」とあり、これによれば、引用例の装置もスキツド状態に応じてブレーキ力を緩めるものをも包含しているものと解せられなくはない。のみならず仮に引用例が制御信号の大きさに関係なくブレーキ力を一〇〇パーセント緩めるように作動する電磁弁を用いることのみを示しているものとしても、前掲乙第六号証及び成立について争いのない乙第五号証によれば、一般にブレーキ制御装置において、入力信号に応じてブレーキ力を緩めるようないわゆる比例式制御を行なうことは周知のことであると認められるから、当業者であれば、引用例の記載に基づいてブレーキ装置を比例式制御にすることは容易に想到し得るものと考えられる。
3 取消事由(三)について
原告は、引用例では二つの後輪同志、二つの前輪同志が同時にブレーキ作用を受けるように、一個のソレノイドバルブは二つの車輪に対して設けられているが、本件発明においては各車輪毎に制御コイルが設けられているから、最適のブレーキを作用させることができる旨主張する。
しかしながら、右の点は審決のいうごとく、自動車に適用可能と認められる引用例と、航空機への適用を意図したものと認められる本件発明との適用対象の差異にすぎず、航空機のブレーキ制御について各車輪のブレーキの制御をそれぞれ独立して行なうことは周知の技術事項であると認められる(例えば前掲乙第五、第六号証参照)。
以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、本件発明は引用例の記載及び航空機において周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認めた審決には違法の点はない。
〔編註その一〕 本件における発明の要旨および審決の要旨は左のとおりである。
本件発明の要旨
互に独立していて個々にブレーキ作用を受けるようになつている複数個の車輪ユニツトと、各車輪の速度に比例した電気的信号を発生する車輪速度変換器と、前記の車輪速度の信号を受けてブレーキ作用制御信号を発生するブレーキ制御回路とを有する、車輛ブレーキのためのブレーキ制御装置において、前記車輪速度変換器から供給されるエネルギーに従つてそれぞれの電気的ポテンシヤルを発生する周波数弁別器と、発生したポテンシヤルの高い方に比例した電気的基準値を発生してコンデンサ(C1)にそれをたくわえる基準装置と、この基準装置のコンデンサ(C1)のポテンシヤルに相当する電気的基準値と前記車輪速度変換器の、対応する車輪の回転速度を表わしている方に接続されている車輪コンデンサ(C3)のポテンシヤルとの差に比例した制御信号に応答してその車輪にかかつているブレーキ力のみを緩めるように作動する電磁作動式サーボバルブ(SVL)を包含することを特徴とするブレーキ制御装置。
審決の要旨
本件発明の要旨は、前項記載のとおりであり、本件発明に係る装置は航空機への適用を意図したものと認められる。
これに対して、昭和四〇年七月一九日特許庁資料館受入れの英国特許第九八九一九六号明細書(以下「引用例」という。)には、自動車に適用可能と認められる「車輛のための流体圧力により操作されるブレーキ」について記載されており、これには具体例として、「後輪1、1、前輪2、2のおのおのに各車輪の回転速度に比例する交流信号を発生する信号発生装置を設け、この各交流信号をそれぞれコンバータ4を介して整流して後、その出力のマイナス側を共通線11に、またプラス側をそれぞれ抵抗5とダイオード17との並列回路を介して基準線12に接続し、両線間にはコンデンサ6を接続し、さらに前記各抵抗5を入力抵抗とした増幅器9が設けられて、後輪用増幅器9、9の出力側が一緒にされて後輪用電磁弁7に、また前輪用増幅器9、9の出力側も一緒にされて前輪用電磁弁8に接続して成る回路により構成されるブレーキ制御装置。」が図示説明されており、この回路構成により、いずれかの車輪にスキツドが生じた場合には、コンデンサ6に充電されている最高の車輪速度に比例した電位とスキツドが生じた車輪に対応するコンバータの出力電位との差の電位が対応する抵抗に現われて、これが対応する増幅器により増幅されて、対応する電磁弁を操作してスキツドが生じた車輪のブレーキ(前輪用ブレーキ又は後輪用ブレーキ)の力を解放する旨記載されている。そして、この電磁弁の実施態様として、「各電磁弁は減速車輪に対応する感知回路(注、前記の抵抗5、ダイオード17、コンデンサ6、線11、12を含む回路)からの信号の変化により操作され、ブレーキ力の自動的な調節(regulation)を行なう。」 (クレーム一)、「この電磁弁はブレーキの流体圧力回路の一部の容積を増大するように操作される装置の作動を制御するように配設されることにより、ブレーキ力は減少(reduce)される。」(クレーム五)、「クレーム五の場合、電磁弁は、ブレーキ力を制御する装置を操作するためのサーボ装置の作動を制御する。」(クレーム六)も挙示されており、また、第一頁第二〇行ないし第二四行には「全ての車輪速度が相互に比較され、ブレーキが最高速の車輪より低速で回転している任意の一つあるいはいくつかの車輪から解放(release)又は軽減(relieve)されると、スキツド制御システムが得られる。」とも記載されており、他方前記増幅器9の構成に関しては詳細な説明がなく、その出力信号が入力信号の大きさに関係なく一定のものである旨の記載はない(従つて常識的には入力信号の大きさに応じた出力信号が得られるものと考えられる。)ことからみると、電磁弁によるブレーキ力の調節は、所望により、いかなるスキツド常態においてもブレーキ力を一〇〇%解放するようにもできるし、またスキツド状態に応じてブレーキ力を緩めるようにもできるものと理解される。またコンバータの具体的構成は示されていないが、当然にダイオード、コンデンサなどから成る整流回路を含むものと考えられる。
なお、航空機のブレーキ制御についてみるに、各車輪のブレーキの制御をそれぞれ独立して行なうこと、スキツド発生に際してスキツドの程度に応じてブレーキ力を緩めるようにすることはいずれも周知の技術事項と認められる。
そこで、先ず、本件発明(以下、これを「前者」という。)と引用例の装置(以下、これを「後者」という。)とを対比するに、両者はいずれも『複数の車輪にそれぞれ設けられていて当該車輪の回転速度に比例した電気的交流信号を発生する車輪速度変換器と、この交流信号を車輪速度に比例した直流信号に変換する信号変換装置と、各信号変換装置の出力信号のうちの最高電位に比例した信号を貯える基準コンデンサを含む基準装置と、この基準コンデンサの電位と減速を生じた車輪の対応する信号変換装置の出力信号の電位との「差の電位」の制御信号によつて操作され、当該車輪のブレーキを調節するように作動する電磁弁とを含む、いわゆるアンチスキツド装置を備えたブレーキ制御装置。』である点で一致し、ただ(1) 各車輪に対するブレーキ作用に関して、前者においては各車輪が個々に独立してブレーキ作用を受けるように構成されているのに対して、後者においては二つの後輪同志、二つの前輪同志が同時にブレーキ作用を受け、後輪と前輪とは別々にブレーキ作用を受けるように構成されている点、(2) 信号変換装置として、前者においては車輪コンデンサを含む「周波数弁別器」と称するものを用いているのに対して、後者においては一般的な整流回路を含む装置を用いているものと認められる点、そして後者には前者の車輪コンデンサに対応するものが含まれているのか否かが必らずしも明瞭でない点、(3) 車輪のブレーキを調節するように作動する電磁弁に関して、前者においては前記「差の電位」に比例した制御信号に応答してその車輪に加わつているブレーキ力を緩めるように作動する電磁作動式サーボ弁を用いているのに対して、後者においては電磁弁によるブレーキ力の調節機能が明瞭でなく、制御信号の大きさに関係なく、ブレーキ力を一〇〇%緩めるように作動するとも解される電磁弁を用いている点、での一応の差異が認められる。
次に、これらの差異について検討するに、(1)については、これは単にブレーキ制御装置の適用対象の差異に基づくものであつて、航空機を適用対象としているものと認められる本件発明は、この点に関して、航空機において周知の前記の技術事項を単に採用したにすぎないものと認められる。また(2)については、前者の「周波数弁別器」も、前記のように、要するに車輪速度変換器の出力を入力として車輪速度に比例した電気的ポテンシヤルを発生(出力)する装置であつて、単に交流信号を直流信号に変換する機能を備えているにすぎず、これは後者の装置と比較して格別の差異はない。そして後者の装置も整流回路を含んだものであるから、当然にいくつかの平滑用コンデンサを備えており、そのうちの一つのコンデンサは回路的にはコンバータの出力端子に対して並列に挿入されていて、それに充電されている電位が基準コンデンサのそれと対比され得る位置関係をもつているものと考えられ、従つてこのコンデンサは前者の車輪コンデンサと同様の機能をもつたものと考えられる。なお後者の装置がこのようなコンデンサを含まないものであつたとしても、その出力としては当然に車輪速度に比例した電位が現われ、基準コンデンサの電位と対比され、その差の電位を制御信号とするのであることからみて、前者が車輪コンデンサを備えたものであるからといつても、そのことに格別の技術的意義は認められない。さらに(3)については、後者においては一例として、制御信号の大きさに関係なくブレーキ力を一〇〇%緩めるように作動する電磁弁を用いているにしても、引用例の記載からみれば、これに限られるものではなく、スキツド状態に応じてブレーキ力を緩めるように作動する電磁弁とすることもできるものと認められるから、電磁弁としてどのように作動するもの、換言すればどのような形式のものを用いるかは、必要に応じて任意に選択できる事項と認められる。そして後者における制御信号はスキツドの程度に応じてその大きさが変化する信号であり、しかも航空機の場合にスキツドの程度に応じてブレーキ力を緩めるようにすることが周知の技術事項、換言すれば周知の技術的要請であるから、後者のような手段によつて得られた制御信号を前記のような航空機のアンチスキツド制御信号として用いることは容易に推考し得る程度のことと認められる。そして引用例に記載されるブレーキ制御装置がこのような機能をもつたものであるから、これを前記のような要請のある航空機のブレーキ制御装置に適用することは容易なことと認められる。なお、前記の各差異に関連した本件発明の各構成要素を総合した構成において、さらにいえば、この構成を含む本件発明の全体構成において、各構成要素間の結合関係に基づく格別の作用効果を奏し得るものとは認められないから、各構成要素の結合関係に発明力の存在を認めることはできない。
結局、本件発明は、引用例の記載及び航空機において周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
明細書添付第一図
<省略>
引用例添付図面
<省略>